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  民族衣装

民族衣装の詳細は『ブータン 雷龍王国への扉』  『ブータンの染と織 ー改訂版ー』を参照されたい。 

 

掲載項目

民族衣装着用規定  衣服の歴史  キラとゴー  キラ各部の名称  キラの型  キラとゴーの着装  

        ラヤッパの衣装  ドヤッパの衣装  ダクパとブロックパの衣装  

 

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民族衣装着用規定

国の存続と独自性を「豊かな自然環境と伝統文化を守ること」に拠ろうとしているブータン王国にとって、民族衣装は衣服以上の重要な意味を持ち、「公の場での民族衣装着用、国語ゾンカの習得、伝統的な礼儀作法の順守」という国王の布告が1989年1月に出されている。

 

衣服の歴史

ブータンでは、かつては男性も女性同様巻衣であったが、後にゴーになったと考えられている。 「ブータンのもっとも古い衣装は貫頭衣であるという認識は知識人の間にはある。 しかし、そこからキラのような巻衣、さらにゴーへの過程についてはよく判らない」という以上の回答を得られなかった。

なお、ゴーは「日本の和服によく似ている」と表現されるが、いくつかの違いがある。 ゴーには脇の下から裾までの大きな三角形の襠が必要なこと、襟がゆったりとした曲線を描くこと、さらに袖も一直線ではなく、袖下が斜めに細くなってゆき肘の下あたりから袖口までは直線になることなどである。 ゴーの裁断と縫製については『ブータン 雷龍王国への扉』p141ー142を参照されたい。

 

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キラとゴー

織りの名人である夫人お手製のキラとゴー

 

現在着用されているブータンの民族衣装でもっとも知られているのが、女性用は『キラ』、男性用は『ゴー』とよばれる男女異型の組み合わせである。

女性は下着の上に、ウォンジュという薄い布でできたチベット風のブラウスを着る。 その上にベッドカバー程度の大きさで足元までの長い巻衣(1枚布ではなく接ぎ合わせ 1枚布の場合は概ねブータン産ではない)キラを着て、肩の位置でコマとよばれるブローチ状の留め具で吊り下げる状態にし、その上から帯(ケラ)を締め、テゴという羽織状の上着を重ね、袖口を折り返す。

男性はゴーとよばれる裾までの長さで、幅が身体の3倍くらいある衣装を、膝までたくし上げ(着丈は地位により異なる)帯を締め、たっぷりとしたおはしょりをとり、ゴーの下に重ねた白い下着テゴの襟を出し袖を折り返す。 なお袖の折り返しと襟から出る幅も地位により異なり、地位が高くなるほど幅広になる。

テゴを着ない場合でも、カフス状の白い袖口(ラゲ)と襟(ゴン)を着けると正式とみなされる。 なお日常着や普段の学校の制服ではラゲだけでもよい。農作業などの時にはラゲも着けない。

 

キラ各部の名称(詳細は『ブータンの染と織』染織と生活社 p64参照)

 

キラの型(詳細は『ブータンの染と織』染織と生活社 p64,65参照)

下図の矢印は経糸の方向を示している。

この型名は 当館館長の造語 であって、一般に認知されたモノではない。

また、この分類法も当館所蔵品を整理する必要上考案したモノで、認知されてはいない。

キラとゴーの着装

キラとゴーの着方については『ブータン 雷龍王国への扉』p144ー145、134ー135 の写真を参照されたい。

 

 

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ラヤッパの衣装(ラヤップ)

  2  3  4

1:少々照れながら、「自分にはサイズが小さい、本当はズボンなし」と言い訳つきのキンレイ・ドルジさん

2: 満艦飾の夫人、キンレイ・デムさん

3:綿入れのようなロングベスト

4:ホタ・ジャローという十字絞布のロングコート(340ドルで館長購入)

 

男性の着装

 

女性の着装

 

ラヤ周辺に住む人々の伝統的な衣装は、下衣(巻き衣)と衿のついた黒い上着の組み合わせの男女同型である。

男女の違いは、女性だけがビーズのついた竹笠をかぶることと、男性の下衣がゴー同様にうしろに箱ヒダをとるのに対し、女性の下衣は右前か左前にヒダをとることである。 この下衣は長く織られた布を裁断し、縫いあわせたものを巻いて帯を締めて着用する。

竹笠にビーズが下がっている

女性ラヤッパのかぶっているあの印象的な竹笠の中心には彫刻の施された木の棒が差し込まれているが、これは年少者には父親が、若い女性には想いを寄せる青年が彫って贈るという。 7歳の愛娘に父親が彫った棒は、その可愛い竹笠のサイズにはやや不釣り合いなほどに長い(笠の上に10cm以上も出ている)が、高齢女性たちの棒は根元をほんの数cm残して折った状態であった。

また、竹笠に下げられているビーズの量は豊かさをあらわしているが、これも高齢者は量と色数が少なくなっていた。

現在の男性ラヤッパはゴーを着ているので、「ラヤッパは男女異型」と誤解・誤記されることがある。 2004年夏に聴きとりに応じてくれた人々は、「1960年代半ばまでは男性も伝統的な衣装を着ていたが、その後はヤク毛のゴーを、今は普通のゴーを着るようになった」と語った。

出会った女性ラヤッパの多くが、下衣は伝統的な巻き衣であったが、上着はセーターやジャージを着ていた。 また就寝時以外はかぶっているはずの竹笠をかぶっていなかったり、とかなり不完全な形になっていた。

以前(わずか10〜20年前)の女性ラヤッパの写真と較べてみると、下衣の長さにも変化がみられる。 以前に較べて長くなっているのである。布幅に変化はないので着用法が変化したと思われる。 現在のような足首近くまでのロングスカート状態になるとウエストで締めるだけで安定するが、以前のような長さでは布が胸のあたりまで届くはずである。 この点を確認したところ、「以前は紐を使って肩から吊り下げるようにしていた」とのことであった。

不完全ながら日常的に伝統的な衣装を着る人々ではあるが、若い女性の多くが、プナカへ下りるときにはキラを着てくることが多いといい、竹笠姿の少女がズラッと列ぶ場面を期待して行った小学校の朝礼の場で、伝統的な巻き衣はわずか数人、竹笠にいたってはただ2人の少女がかぶっていただけであった(男児は皆ゴー姿)。

以前の映像に見られた「女性の背中に下がる多数のスプーン」について聞いてみると、「あれはお守りで、若い女性だけが下げるもの、今はほとんどその習慣がない」とのことであった、  日本からスプーンのお土産を、と一度は考えたが、「銀製でなければならない」とのことで止めておいて良かった。

伝統的な姿が消える日がそう遠くはないかも知れない。

 モダンスタイル(?)

 

 

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ドヤッパの衣装(タバ・ルムテ)

南の国境プンツォリン近くに住む、自称「ドヤ」、他称タバ・ルムテ(タバ・ラムテ、あるいは、タバ・ルムテック)の人々は白い衣服を着るのが伝統的な姿であるが、現在は特別な場合のみであるという。

女性は、白い布をキラと同じ方法で着つける。コマは使わずに竹ピンで留める。 正式の時には下にウォンジュを着るが、テゴのような上着の類は着ない。 現在、普段着としての着用の場合はTシャツなどの上にこの白布を着つけている。

男性は、白布の上端に小さな穴をあけ、そこからもう一方の端を引き出し、端同士を合わせ、それを中央の穴に通して結び、頭と腕を出す部分を作り、素肌にかぶる。大きな白い風呂敷をたすき掛けに着ているような状態になる。 ゴーを着る時のように裾をたくし上げ、帯を締め、たっぷりとしたおはしょりをとる。頭には白布をターバン状に巻いてのせる。

     
(女性写真提供:青木薫氏)           
 
 
男性衣装着装順
1        2       3

 4                5
 
 

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ダクパとブロックパの衣装

ブロックパはブータンの東端のメラとサクテンに住む。男性は毛織の上着と半ズボンに毛皮のベスト、革の脚絆にチベット風のロングブーツを履き、腰には刀を帯びている。 しかし、現在では外国から入ってくるスウェットの上下に毛皮のベストという簡便な姿にゴム長靴を履いている人もみる。

女性は、男性の衣装とは対照的に、軽い野生種の絹(ブラ)の貫頭衣と上着を着けるが、同地の寒さには不適当なため、冬期にはその上に毛織の肩あてや腰あてを着ける。 女性もチベット風のロングブーツを履く。

彼らの衣装をもっとも特徴づけているのは、男女ともにかぶっている5本足の垂れた帽子である。 この帽子はヤク(高地に生息する牛の仲間)の毛を、ミルクからチーズを作った後の液体の中でフェルト状にして作る。

ダクパとブロックパは同じような衣装を着ているが、その居住地、言語、生活様式などが異なるので、地方行政上は区分されている。その違いについては『ブータン 雷龍王国への扉』p23ー26「人々」の項を参照されたい。

 

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